肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
1 再改訂版肺高血圧症臨床分類
 ダナポイント分類では肺高血圧症を以下の5群,すなわち第1群:PAH,第2群:左心疾患による肺高血圧症,第3群:肺疾患および/または低酸素血症による肺高血
圧症, 第4 群: 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH), 第5群:原因不明あるいは複合的な要因による肺高血
圧症,に分類した.再改訂版肺高血圧症臨床分類でもこの基本構造は維持されている.

①第1 群:肺動脈性肺高血圧症(PAH)

 最も典型的な肺高血圧症としての臨床像を呈する疾患群である.PAHはさらに特発性PAH(idiopathic PAH:IPAH),遺伝性PAH(heritable PAH: HPAH),薬剤・
毒物関連PAH,他疾患に伴うPAHと,第1群の亜型として肺静脈閉塞性疾患(pulmonary veno-occlusive disease: PVOD)/肺毛細血管腫症(pulmonary capillary
hemangiomatosis:PCH)および新生児遷延性肺高血圧症とに細分類される.また他の疾患に伴うPAHには,結合組織病,HIV感染,門脈肺高血圧症,先天性心疾
患,住血吸虫症がある.

1)IPAH/HPAH
 1998年のエビアン会議で初めて「PAH」という疾患概念が導入され,2003年のベニス会議では,特に原因となる疾患の存在を指摘することができない例を特発性
PAH,家族歴をもつ家族性PAHと呼称することになった.次いでダナポイント会議では,「家族性PAH」は「HPAH」に名称が変更された.これは2000年に家族性PAH
例においてBMPR2遺伝子に変異を持つ例が発見され10),さらに2001年にはBMPR2遺伝子と同じTGFβスパーファミリーに属するACVRL1遺伝子(ALK1)に変異が
存在する例も発見されたことによる11).現在,HPAHと診断する例は,IPAHと臨床診断された例で新たに遺伝子変異(BMPR2,ACVRL1,ENG,SMAD9,その他)
を持つことが確認された例,または旧来の家族性PAH例(遺伝子変異が確認されているか否かにかかわらず)と定義されている.ダナポイント会議の報告書には
「HPAHという新しい分類は,IPAHや家族歴を有する他のPAHに対して遺伝子診断を義務づけるものではない」とのコメントも添えられていることを付記する.

2)薬物および毒物誘発性PAH
 PAHの発症機序は未だ十分解明されていないが,その発症に特定の危険因子が関連している事例も知られている.食欲抑制剤などの薬剤や薬物もその危険因子
であり,2006年のフランスからの報告では約10%が食欲抑制剤に伴うPAHであるが12),我が国での報告は多くはない.ダナポイント分類ではアミノレックスやフェンフ
ルラミン誘導体がPAH発症の誘因であることが確実と評価されている.

3)結合組織病に伴うPAH(connective tissue disease -PAH: CTD-PAH)
 従来のエビアン─ベニス分類では「膠原病に伴うPAH」と記載されていたが,ダナポイント分類では「結合組織病に伴うPAH: CTD-PAH」に変更されている.CTD-
PAH は我が国では特に症例数が多いと考えられ,臨床的に重要なPAHのサブグループである.欧米では強皮症(SSc)に伴うPAHが主で,その有病率は7~ 12%
と報告され13),14),予後もI PAHに比して不良であることが知られている.しかし我が国ではSSc とともに混合性結合組織病(MCTD)や全身性エリテマトーデス
(SLE)での肺高血圧の合併率も高いとされている15).結合組織病に伴う肺高血圧症の特徴は,PAHに加え肺線維症や肺血栓症,左室拡張不全を原因とする肺高
血圧症などが関与し,すべてが純粋のPAHではなく,治療法決定には病態の慎重な評価が必要である.

4)HIV 感染症
 HIV感染症に伴うPAHである.フランスの報告ではHIV感染症によるPAHはPAH全体の約6%とされている12).さらにHIV例中のPAHの有病率は約0.5%と推定され
16),HIVでPAHを発症する可能性は低くはない.我が国ではHIV自体が多くはなく,症例報告がある程度である.

5) 門脈肺高血圧症(portopulmonary hypertension:POPH)
 海外では,PAH全体に占めるPOPHの頻度は10%以下とされる12).肝移植対象例の5%程度に肺高血圧症が存在する17).POPHの発症機序に関してはまだ不明
な点が多い.基礎肝疾患の存在よりも,門脈圧亢進症の存在が主要な肺高血圧発症の決定因子とされている18)

6) 先天性心疾患(congenital heart disease - PAH:CHD-PAH)
 先天性の体循環─肺循環短絡性心疾患に伴う CHDPAHの存在も以前よりよく知られている. ヨーロッパと北米からの報告では先天性心疾患に併発するPAHの頻
度は成人100万人あたり1.6~ 12.5人で,そのうち25~50%が CHD-PAH の最重症型であるEisenmenger症候群に至ると概算されている19).Eisenmenger症候群
例は肺動脈圧上昇の結果,右左シャントが常態化しており,単なるPAHとは病態が若干異なることに留意する必要がある.

7)住血吸虫症
 ダナポイント分類からPAHのサブグループとして加わった疾患で,住血吸虫症に合併したPAHは,臨床像も病理的にもIPAHと類似していることが報告されている
20).住血吸虫症が風土病となっている国々では,本症のPAH全体に占める頻度は高いが,我が国ではほとんど報告例はない.

8)肺静脈閉塞性疾患(pulmonary veno-occlusivedisease: PVOD) および/または肺毛細血管腫症
(pulmonary capillary hemangiomatosis: PCH)
 この両疾患の臨床像はPAHと共通点が多いが差異も存在し,再改訂版肺高血圧症臨床分類では1´ の群として位置づけられている.PCHとPVOD間では組織像に
多くの類似点があり21),同一疾患の異なった表現型とする考え方もある.PAHとPVOD/PCHでは内科治療に対する反応性および予後は異なり,PVOD/PCHがより
予後不良の場合が多い.

9) 新生児遷延性肺高血圧症(persistent pulmonary hypertention of the newborn: PPHN)
 新生児で出生後に肺高血圧が遷延する病態があり,新生児遷延性肺高血圧症といわれている.ダナポイント分類では第1群:PAHに含まれていたが,ニース分類
(草案)ではこれから外され,第1´´ 群とされた.

②第2 群:左心疾患による肺高血圧症

 エビアン─ベニス分類では「肺静脈性肺高血圧症」となっていたが,ダナポイント分類では「左心疾患による肺高血圧症」へと名称が変更された.本群に属する症例
数は肺高血圧症の中で最も多いといわれ,成因より左室の収縮機能障害,拡張症機能障害,弁膜症の3種のサブクラスが設定され,今回のニース分類(草案)ではさ
らに先天性/後天性の左心流入路/流出路閉塞が追加されている.本群の肺高血圧症では肺高血圧は存在するものの肺動脈楔入圧も高値を示し,計算上は肺血
管抵抗の著明な上昇はみられない場合が多い.肺血管自体に病変を持つPAHとは基本的に病態が異なる.

③ 第3群:肺疾患および/または低酸素血症による肺高血圧症

 第3 群は主に肺疾患に由来する肺高血圧症のグループである.本症は慢性閉塞性肺疾患(COPD),間質性肺疾患,睡眠呼吸障害,慢性の高地低酸素曝露など
種々の肺疾患や低酸素血症に合併する.通常,肺実質障害による肺高血圧症では高度の肺高血圧は少ないと報告されている22)

④ 第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)

 CTEPHは肺動脈内の器質化血栓が原因となって発症した疾患である.以前我が国では特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)といわれていたがダナポイント分
類からは「CTEPH」が正式名称となった.CTEPHはこれまで主要な血管閉塞の位置より中枢型と末梢型に細分類されていたが,現在ではこの区別は廃止されてい
る.

⑤ 第5群:原因不明あるいは複合的な要因による肺高血圧症

 最近になって肺高血圧症を併発することが知られてきた疾患例が,全身性疾患(サルコイドーシスなど),代謝疾患(糖原病Ⅰa型),その他(腫瘍,人工透析)に分
類された.ニース分類では鎌状赤血球症・サラセミア・遺伝性球状赤血球症・有口赤血球症・微小血管症性溶血性貧血などの慢性溶血性貧血は第1群からこの群に
移された.
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