肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
睡眠呼吸障害に対する治療
ClassⅠ
 1. OSASに対するnasal CPAP (Level A)
   ただし,nasal CPAPの肺高血圧に対する有効性はClassⅡb
(Level C)
 2.肥大した口蓋扁桃やアデノイドの摘出術
    (Level B)
 3.軽症OSASに対する口腔内装置 (Level B)
 4.高炭酸ガス血症を伴う場合のnasal bilevel
    PAP (Level C)
 5.気管切開術 (Level C)
 6.粘液水腫の甲状腺ホルモン補充療法 (Level C)
ClassⅡa
 1.口蓋垂軟口蓋咽頭形成術 (Level B)
 2.CSASに対する薬物療法(アセタゾラミド)
(Level C)
ClassⅡb
 1.単純肥満の体重減量療法 (Level B)
 2. OSASに対する薬物療法(アセタゾラミド,プロゲス
テロン) (Level C)
AとBとD,またはCとDで基準が満たされる.
A.以下のうち少なくとも一つ以上が該当する.
 ⅰ. 患者が,覚醒中に不意に眠り込むこと,日中の眠気,
爽快感のない睡眠,疲労感,または不眠を訴える.
 ⅱ. 患者が,呼吸停止,喘ぎ,または窒息感で覚醒する.
 ⅲ. ベッドパートナーが,患者の睡眠中の大きないびき,
呼吸中断,またはその両方を報告する.
B. PSG記録で以下のものが認められる.
 ⅰ. 睡眠1時間あたり5回以上の呼吸イベント(無呼吸,低
呼吸,または呼吸努力関連覚醒respiratory effort-related
arousal; RERA)
 ⅱ. 各呼吸イベントのすべて,または一部における呼吸努
力のエビデンス(RERAは,食道内圧測定で認めるの
が最も好ましい)
または
C.PSG記録で以下のものが認められる.
 ⅰ. 睡眠1時間あたり15回以上の呼吸イベント(無呼吸,
低呼吸,またはRERA)
 ⅱ. 各呼吸イベントのすべて,または一部における呼吸努
力のエビデンス(RERAは,食道内圧測定で認めるの
が最も好ましい)
D.異常が,他の現行の睡眠障害,身体疾患や神経疾患,薬物,
または他の物質使用で説明できない.
6 睡眠呼吸障害
要旨
 2005年にAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM)の睡眠障害国際分類( ICSD)が改訂され,第2版(ICSD-2)300)となった.その中で,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome: SAS)301)に代表される睡眠呼吸障害は,①閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome: OSAS),②中枢性睡眠時無呼吸症候群(central sleep apnea syndrome:CSAS),③睡眠時低換気/ 低酸素症候群(sleep hypoventilation/ hypoxic syndrome: SHVS)などの14種類に分類された.これら睡眠呼吸障害においてOSASとSHVSで高頻度に肺高血圧を合併することが報告されている302)-307).SASに対する治療により肺高血圧症は改善する可能性が期待されている.

①疫学,原因

 睡眠呼吸障害の中で最も頻度が高い疾患はOSASである.OSASの罹病率は,米国では30~ 60歳の男性4%,女性2%であり,我が国の名古屋市近郊の調査では男性の3.3%,女性の0.5%であった308),309)

 SASでは,睡眠時無呼吸に伴う肺胞低換気が原因となって肺胞低酸素/低酸素血症が生じる.SASに伴う肺高血圧症は,肺動脈が低酸素性肺血管攣縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction)という機序により収縮することが主原因である.本症では無呼吸に呼応して一過性の肺動脈圧上昇を認めるが,昼間覚醒時にも肺高血圧が持続する例が存在し,その合併率は10~ 79%である.OSASにおける持続性の肺高血圧は,昼間の低酸素血症が原因である可能性が大きく303),慢性肺疾患を除いたOSASの昼間の肺高血圧の合併率は10~ 41 % である302)-305),307).Chaouatらは,OSASにおける肺高血圧の合併は220例中37例(17%)であり,肺高血圧の合併例は非合併例に比べて肺活量(VC)や1 秒量(FEV1.0)が有意に低下し,動脈血CO2分圧(PaCO2)が有意に上昇すると報告している305)

②診断

 SASの診断は, 終夜睡眠ポリグラフ検査(polysomnography: PSG) によって行う. 表35にはICSD-2 によるOSASの診断基準を示す300).無呼吸はPSGで10秒以上続く鼻温度センサーの90%以上の低下で定義される換気停止であり,低呼吸とは鼻圧センサ信号の振幅が前後の安定した呼吸の30%以上の低下が10秒以上持続し,イベント前のSpO2から3%以上の低下したものである.呼吸努力関連覚醒(respiratory effortrelated arousal: RERA)310)とは,無呼吸や低呼吸の基準を満たさないが10秒以上の呼吸努力の増加や,鼻圧波形の平低化に伴った覚醒反応を睡眠中に生じる病態の新しい指標である.

 睡眠時無呼吸に伴う肺高血圧症の確定診断は,PSG下に右心カテーテル検査を併用して行われる305),307).SASに合併する肺高血圧症に関する報告では,平均肺動脈圧20 mmHg以上を肺高血圧として採用している場合が多い307).またOSASにおける睡眠中の一過性の肺動脈圧上昇は,non-REM期よりもREM期で最大値を示す306).この機序は不明であるが,REM期には交感神経系の緊張亢進を伴い,持続時間の長い無呼吸が出現して高度の低酸素血症を生じ,より強い低酸素性肺血管攣縮を起こしやすいのが原因と考えられている311).肺高血圧の診断は右心カテーテル検査を用いることが原則であるが,SAS例では,一般に肺動脈圧は昼間の値が高い例ほど夜間睡眠中も並行して上昇し,昼間の持続的肺高血圧を証明できれば,ルーチン検査としてPSG下で夜間に肺動脈圧の測定を行うことは不要である.さら心エコー・ドプラ検査は非観血的に肺動脈圧を評価可能であり,SASに合併する肺高血圧症を昼間に簡便にスクリーニングする方法として有用である.

③治療(表36)

 最も普及したOSASの治療法は,我が国では平成10年4 月から医療保険が適応とされた在宅持続陽圧呼吸療法(nasal continuous positive airway pressure: nasalCPAP)である.本治療法により睡眠中に生じる上気道の狭窄や抵抗を除去し,無呼吸が改善されれば夜間の低酸素血症が軽減あるいは消失し,低酸素性肺血管攣縮などに基づく肺動脈圧の上昇はなくなると考えられる.しかし上気道閉塞の開放後も陽圧が肺まで加わり続けて肺血管抵抗が有意に増加するため,肺動脈圧は不変あるいは上昇傾向を示すとの報告もある312),313).一方,nasal bilevel PAP治療ではこの影響が少なく,肺高血圧を改善するという報告がある314)

④今後の展望・課題

 最近,SASに対するnasal CPAP治療は我が国でも脚光を浴びて普及しつつあるが,その肺循環に及ぼす影響は短期的にも長期的にも十分には解明されていない.Kesslerらは,SASに合併した軽度あるいは中等度の肺高血圧に対する特別な治療は不要であるとも述べている315).OSASに肺高血圧を合併する機序とともに,その肺高血圧治療の必要性の有無については更なる検討を加える必要がある.
表35 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の診断基準(ICSD-2)
表36 睡眠時無呼吸症候群に伴う肺高血圧症の治療
Ⅱ 各論 > 3 肺疾患および/または低酸素血症による肺高血圧症 > 6 睡眠呼吸障害
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