肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
Band
Mural defects
Lower lobe artery Complete obstruction
1.平均肺動脈圧≧30mmHg,PVR≧300dyne/sec-cm-5
2.肺動脈中枢側に血栓が存在
3.他の重要臓器に合併症がない
4.患者・家族の積極的手術同意
CTEPH の確定診断
酸素療法
抗凝固療法
手術適応検討
肺動脈血栓内膜摘除術(I-C)
BPA(IIa-C)
BPA 適応検討
(肺高血圧症治療施設への紹介)
(手術実施施設への紹介)
あり
ありなし
なし
肺高血圧残存
内科的治療
  酸素療法(IIb-C)
  抗凝固療法(I-C)
  血管拡張療法(含,臨床試験)(IIb-C)
重症例
BPA: バルーン肺動脈形成術 肺移植(IIa-C)
 1.肺動脈血栓内膜摘除術
   (区域動脈~本幹の血栓 中枢血栓とこれに相応した肺
   血管抵抗値) (Level C)
 2.抗凝固療法 (Level C)
Class Ⅱa
 1.肺動脈バルーン拡張術(末梢型CTEHに対して)
    (Level C)
 2.右心不全に対する強心・利尿薬 (Level C)
 3.肺移植 (Level C)
Class Ⅱb
 1.下大静脈フィルター留置 (Level C)
 2.酸素吸入療法 (Level C)
 3.血管拡張療法 (Level C)
 慢性血栓塞栓性肺高血圧症は,器質化した血栓により肺動脈
が慢性的に閉塞を起こし,肺高血圧症を合併し,臨床症状とし
て労作時の息切れなどを強く認めるものである.本症の診断に
は,右心カテーテル検査による肺高血圧症の診断とともに,他
の肺高血圧症を来たす疾患の除外診断が必要である.
(1)主要症状および臨床所見
① 労作時の息切れ
② 急性例にみられる臨床症状(突然の呼吸困難,胸痛,失神など)が,以前に少なくとも1回以上認められている.③ 下肢深部静脈血栓症を疑わせる臨床症状(下肢の腫脹お
よび疼痛)が以前に少なくとも1回以上認められている.④ 肺野にて肺血管性雑音が聴取される.⑤ 胸部聴診上,肺高血圧症を示唆する聴診所見の異常(Ⅱ
音肺動脈成分の亢進,Ⅳ音,肺動脈弁弁口部の拡張期心雑音,三尖弁弁口部の収縮期心雑音のうち,少なくとも1つ)がある.
(2)検査所見① 右心カテーテル検査で1.肺動脈圧の上昇(安静時の肺動脈平均圧が25mmHg以上,
肺血管抵抗で240dyne・sec・cm-5以上)2.肺動脈楔入圧(左心房圧)が正常(15mmHg以下)② 肺換気・血流シンチグラム所見
換気分布に異常のない区域性血流分布欠損(segmentaldefects)が,血栓溶解療法または抗凝固療法施行後も6か月以上不変あるいは不変と推測できる.推測の場合に
は,6か月後に不変の確認が必要である.③ 肺動脈造影所見慢性化した血栓による変化として,1.pouch defects,2.
webs and bands,3.intimal irregularities,4.abruptnarrowing,5.complete obstructonの5つのうち少なくとも1つが証明される.
④ 胸部造影CT所見造影CTにて,慢性化した血栓による変化として,1.mural defec t s,2.webs and bands,3.int imal
irregularities,4.abrupt narrowing,5.complete
obstructionの5つのうち少なくとも1つが証明される.
(5)認定基準
以下の項目をすべて満たすこと.
① 新規申請時
1)診断のための検査所見の右心カテーテル検査所見を満
たすこと.
2)診断のための検査所見の肺換気・血流シンチグラム所
見を満たすこと.
3)診断のための検査所見の肺動脈造影所見ないしは胸部
造影CT 所見を満たすこと.
4)除外すべき疾患のすべてを除外できること.
② 更新時
手術例と非手術例に大別をして更新をすること.
1)手術例
肺血栓内膜摘除術例においては,肺高血圧症の程度は改
善していても,手術日の記載があり,更新時において肺
換気・血流シンチグラム所見ないしは胸部造影CT 所見
のいずれかの所見を有すること.
2)非手術例
肺血管拡張療法などの治療により,肺高血圧症の程度は
新規申請時よりは軽減もしくは正常値になっていても,
内科的治療継続が必要な場合.
a)参考とすべき検査所見の中の心臓エコー検査の所見
を満たすこと.
b)診断のための検査所見の肺換気・血流シンチグラム
所見,胸部造影CT 所見のいずれかを有すること.
なお,肺換気・血流シンチグラムないしは胸部造影
CT 検査は,新規申請時に使用した検査と同一のもの
でないこと.
c)除外すべき疾患のすべてを除外できること.
4 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
要旨
 慢性肺血栓塞栓症とは器質化した血栓により肺動脈が閉塞し,肺血流分布ならびに肺循環動態の異常が6か月以上にわたって固定している病態である316).また慢性肺血栓塞栓症において平均肺動脈圧が25mmHg以上の肺高血圧を合併している例を慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromoboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)という317)

 CTEPHには過去に急性肺血栓塞栓症を示唆する症状が認められる反復型と,明らかな症状のないまま病態の進行がみられる潜伏型がある.比較的軽症のCTEPHでは,抗凝固療法を主体とする内科的治療のみで病態の進行を防ぐことが可能な例も存在する.しかし平均肺動脈圧が30mmHgを超える症例では,肺高血圧は時間経過とともに悪化する場合も多く,一般には予後不良である318),319).近年,一部のCTEPHに対しては手術(肺動脈血栓内膜摘除術)によりQOLや予後の改善が得られるようになった320)-326).また,最近では非手術適応例に対してカテーテルを用いた経皮的肺動脈拡張術も開始され327)-330),さらに内科的な血管拡張療法の臨床試験が行われている331)

 本症は,旧来厚生労働省が指定する治療給付対象疾患として特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)という名称が用いられてきたが,2009年10月,ダナポイント分類に合わせて名称が変更され,CTEPHに統一された317).我が国で本症の認定を受けるためには,右心カテーテル検査で肺血行動態を実測し,肺動脈平均圧が
25mmHg以上であることを確定することが必須である.

①疫学,原因

 我が国における,急性例および慢性例を含めた肺血栓塞栓症の発生頻度は,欧米に比べ少ないと考えられている.少し古い報告ではあるが,剖検輯報にみる病理解剖を基礎とした検討では,その発生率は米国の約1/10であった332).米国では,急性肺血栓塞栓症の年間発生数が50~ 60万人と推定されており,急性期を脱した例の約0.1~ 0.5%がCTEPHへ移行するものと考えられてきた333).しかし急性例の3.8%が慢性化したとの報告が近年行われ,CTEPHの症例数は予想外に多い可能性がある334).CTEPHは我が国では特定疾患給付対象疾患(難病)に指定されており,臨床調査個人票の集計から,頻度は2011年度で1,590人と集計されている. 英国では主要な5つのPHセンターで2001年からの5年間に496例がCTEPHと診断されている335)

 CTEPHでは肺動脈閉塞の程度が,肺高血圧症の要因として重要で,多くの症例では肺血管床の40%以上の閉塞を認めるとされている.血栓塞栓の反復と肺動脈内での血栓の進展が病状の悪化に関与していることも考えられ,①PAHでみられるような亜区域レベルの弾性動脈での血栓性閉塞,②血栓を認めない部位の増加した血流に伴う筋性動脈の血管病変,③血栓によって閉塞した部位より遠位における気管支動脈系との吻合を伴う筋性動脈の血管病変など,small vessel disease の関与も病態を複雑化していると考えられる336).CTEPHは海外では性差はないが,我が国では女性に多く,また深部静脈血栓症では頻度が低いHLA-B*5201やHLA-DPB1*0202と関連する症例がみられことが報告されている337).これらのHLAは欧米では極めて頻度の少ないタイプのため,欧米例と異なった発症機序を持つ症例の存在が示唆されている.

②診断

 CTEPHの診断は,厚生労働省特定疾患呼吸不全調査研究班により作成された診断の手引きをもとに診断を進める場合が一般的である.労作時の息切れを主訴とし,他にこれを説明できる原因が存在しない患者では,本症を疑うことが重要であり,表37に示した症状や臨床所見を参考にしながら,動脈血ガス分析,胸部X線写真,心電図検査,心エコー法にみられる肺高血圧症の特徴的所見の有無を検索する.さらに他の肺高血圧症との鑑別には,肺血流シンチグラムが有用で,CTEPHでは区域性の血流欠損を呈することが特徴で,血流シンチグラムが正常の場合には本症は除外することが可能となる4),338)図14).CTEPHの確定診断は,肺動脈造影または造影CTにて特徴的所見である,①pouch defects(小袋状変化)あるいはmural defects,②webs and bands(帯状狭窄),③intimal irregularities, ④ abrupt narrowing,⑤ complete obstructionのうちの少なくとも1 つ以上が証明されること(図14,15317),339),および右心カテーテル検査で,肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧が25mmHg以上, 肺血管抵抗で240 dynes・sec.・cm-5以上),ならびに肺動脈楔入圧(左心房圧)が正常(15 mmHg以下)であることの証明が必要である317).造影CT検査は,肺動脈区域枝レベルまでの血栓の検出と肺動脈肉腫や肺動脈炎,線維性縦隔炎などとの鑑別に有用である338)

③重症度判定

 本症の生命予後およびQOLは,肺高血圧の程度に左右される316),319).平均肺動脈圧で30 mmHg未満もしくは肺血管抵抗で300 dynes・sec・cm-5未満の症例の予後は良好である.また,NYHA/WHO Class Ⅱ以下の軽症例の予後も良好とされている340).しかし心拍出量の低下ならびに肺血管抵抗の上昇に伴い,予後は不良となり,特に肺血管抵抗が1,000 dynes・sec・cm-5以上のCTEPH症例では予後は極めて不良とされている318).英国のCTEPH,496例では1年生存率,3年生存率は各々,82%,70%と報告されている335)

④治療方針(図16,表38)

 本症に対し有効であることがエビデンスで確認されている治療法としては唯一,肺動脈血栓内膜摘除術があるのみである.しかし近年我が国では手術適応とされなかった末梢側血栓が主体のCTEPHに対し,カテーテルを用いた経皮経管的肺動脈拡張術(balloon pulmonary angioplasty[BPA], または,percutaneous transluminal pulmonary angioplasty[PTPA])の有効性が発表されつつある.一方,現時点ではCTEPHの治療薬として保険適応が得られている薬剤は我が国でも海外でも存在しない.

 CTEPHの治療方針では,まず正確な確定診断と重症度評価を行うことが必要である.次いで病状の進展防止を期待して血栓再発予防と二次血栓形成予防のための抗凝固療法を開始する.抗凝固療法が禁忌である場合や抗凝固療法中の再発などに対して,下大静脈フィルターを留置する場合もある.低酸素血症対策,右心不全対策も必要ならば実施する.そして肺動脈血栓内膜摘除術または経皮的肺動脈拡張術の適応を検討する.肺動脈血栓内膜摘除術は,原則としてNYHA/WHO Class Ⅲ以上が適応とされているが,低酸素血症が高度の例ではQOLの改善を目的としてClass Ⅱ の例も適応となる場合がある.

 肺動脈血栓内膜摘除術は,器質化血栓の近位端が主肺動脈から区域動脈近位部にある, いわゆる中枢型CTEPHがよい適応である.しかし手術適応は手術担当
施設の経験によって左右され341),その決定は手術を多く経験している施設で行われることが必要である.中枢側の血栓量に相応しない著明な肺血管抵抗高値を示す例や,区域動脈や亜区域動脈に限局する末梢型CTEPHは手術は困難であると考えられている325).高齢者や他臓器に障害を有する例,患者が手術を希望しない例は手術の適応となりにくい.

 手術の対象とならない例,術後残存肺高血圧例に対しては,一般内科的治療に加え特異的PAH治療薬が投与される場合がある.しかし本稿作成時点ではCTEPHに対し正式承認を得た肺血管拡張薬は存在しない.欧米のガイドラインでも,CTEPHに対する肺血管拡張薬の臨床試験療が行われていれば,これに参加することを考慮するとの記載がなされているのみである.

⑤内科治療

1)抗凝固療法
 未治療CTEPHでは経過とともに肺血行動態が悪化する症例がある.この原因は急性肺血栓塞栓症の顕性/不顕性の再発による可能性も否定できないが,in situでの血栓形成機序の関与も考えられる.そこで,CTEPHではワルファリンによる終生の抗凝固療法が必要とされている.ワルファリンの投与量については,急性肺血栓塞栓症に準じた投与量(INR 1.5 ~ 2.5)が行われる場合が多いが投与量に関しては具体的なエビデンスはない.

2)血栓溶解療法
 CTEPHでは定義上,血栓溶解療法は無効である.しかし経過中に病状の急速な悪化をみた場合,いわゆるacute on chronic PTEといわれる病態を考える必要がある.Dダイマーなどの凝固─線溶系分子マーカーが高値の場合には血栓溶解療法で症状の軽快が得られる可能性があり,症例によっては一度は試みてもよい.

3)低酸素血症
 CTEPHでは,肺血管床の血栓性閉塞性に加え,低酸素血症に伴う低酸素性肺血管攣縮が肺高血圧値に影響を及ぼしている可能性がある.酸素療法は酸素輸送能の向上による自覚症状の改善に加え,低酸素性肺血管攣縮の解除により一定範囲での降圧が期待できる場合がある.我が国では肺高血圧症例は在宅酸素療法(home oxygentherapy: HOT)の保険適用が得られており, CTEPHもその対象疾患である.

4)右心不全対策
 胸水や肝腫大・肝機能異常,血小板減少,下腿浮腫などが出現した右心不全例に対しては,安静と水分摂取の制限,利尿薬・経口強心薬などによる一般的な心不全治療が行われ,重症例ではカテコラミンの投与も必要となる.

5)肺血管拡張薬
 前述のように現時点では,我が国でも海外でも正式にCTEPHの治療薬として正式承認が得られている肺血管拡張薬は存在しない.しかしPAHに準じて血管拡張薬
のベラプロストナトリウム342),クエン酸シルデナフィル11),343),PGI2 持続静注療法344,345),ボセンタン346)-348)などの投与を行い,肺血行動態や運動体用能の評価で有効との研究報告も存在する.さらに血管拡張療法が使用されて以後,本症の予後が改善したとする報告もみられる335),340).また現在,グアニルシクラーゼ活性化薬や,PGI2受容体アゴニストの臨床試験も行われている.

 血管拡張療法の適応としては,NYHA/WHO Class Ⅱ以上の症例で,末梢型CTEPHや合併症を有し手術困難例,本人が手術を希望しない例,手術後に肺高血圧症残存例などで,その可能性がある4),338).また重症の手術適応例では術前の肺血行動態を改善し,手術成績の向上を期待した術前の使用も試みられているが,その評価は定まっていない344),345),349),350)

⑥経皮経管的肺動脈拡張術

 主要な病変が手術困難な末梢側に存在するか,高齢や,その他の合併症があるために外科的な血栓内膜摘除術の適応がないと判断された場合,肺動脈の物理的狭窄や閉塞を解除する代替手段として,肺動脈バルーン拡張術(BPA)または経皮経管的肺動脈拡張術(PTPA)がある.本法の最初の症例報告は1988年351)に行われ,2001年には18例に対するBPAに治療成績が報告327)され,その有用性が確認されている.しかし治療部位で,高頻度に再灌流後の肺水腫が発症することや死亡例も1例報告されるなど,治療成績は熟練施設における血栓内膜摘除術の有効性・安全性を上回るものではなかった.そのため,欧米においてはBPAは,CTEPHに対する治療の選択肢として重視されなかった. 我が国では血栓内膜摘除術に熟練した施設は少なく,また手術適応とならない末梢型のCTEPHも多い.そこで肺高血圧症治療薬の発達や非侵襲的陽圧呼吸法(NPPV)の普及を背景として,BPAをCTEPHの治療オプションとして確立することが試みられている.そして
最近では,我が国から相次いでBPAの治療成績が報告され,発表された論文のみでも治療例の総数は100例を超え328)-330),本法による肺血行動態の改善度は血栓内膜摘除術に準じ,薬物治療と比較してはるかに治療効果が高いことも判明してきた.しかし,以前と同様に治療後の肺水腫は高頻度に見られ,死亡例も報告されている.ただこれら有害事象の頻度には各論文間で差が見られ,BPAの治療手技の標準化に関して今後の検討が必要である.CTEPHの症例数は多くなく,肺動脈の病変も変化に富み,正確に病態を評価することは非専門家には容易ではない.本症の治療で緊急対応を迫られることは多くはなく,したがって経験の少ない施設で安易にBPAを試みることは望ましくない.

⑦外科治療

 CTEPHに対する外科治療には肺動脈血栓内膜摘除術と肺移植がある.肺動脈血栓内膜摘除術には,側方開胸法と超低体温法による肺動脈血栓内膜摘除術の2つの術式があるが,現在では側方開胸による肺動脈血栓内膜摘除術はほとんど行われていない.手術不能例では肺移植の適応を考慮する.

1)外科的適応
 CTEPHの診断は症状や血液検査,肺血流シンチグラムや心エコー法などの画像診断法などでなされるが,治療方針を決定するには肺動脈造影,MDCT,右心カテーテル検査などの所見が重要である.

 CTEPHに対する手術適応として,Jamiesonらは①平均肺動脈圧30mmHg以上,肺血管抵抗300 dynes・sec・cm-5 以上,②血栓の中枢端が手術的に到達し得る部位にあること,③重篤な合併症がないことなどを挙げている(表39320),352).さらに手術適応の決定には肺動脈の閉塞形態と臨床症状(NYHAⅢ度以上で非ショック例)が重要である321),353),354)

 Jamiesonらは摘除血栓内膜から肺動脈の閉塞形態を4型に分類し,Ⅰ型(主肺動脈や葉間動脈に壁在血栓が存在する),Ⅱ型(区域動脈の中枢側に器質化血栓や内膜肥厚がある)が中枢型で,Ⅲ型(区域動脈の末梢側に内膜肥厚や線維化組織が存在する)を末梢型とした.またⅣ型は細動脈の病変で手術適応はない355)と述べている.この中枢型がよい手術適応であり,末梢型では遠隔期を含めて成績不良である356),357)

 手術は上記適応内にあり,心肺の予備能力がまだ温存されている場合がよく,呼吸循環動態が増悪した症例では内科的治療を行って状態を改善してから手術を行うことが望ましい.

2)手術術式
 急性肺血栓塞栓症と異なり,CTEPHでみられる血栓は淡白色を呈していて,器質化した血栓が肺動脈壁に固く付着しているので,手術ではこの器質化血栓を肺動脈内膜とともに摘除する必要がある354).このため,手術術式はpulmonary thromboendarterectomy(PTE)といわれたが,進行したCTEPHでは血栓がない場合もあり,2003年のベニス会議以後にpulmonary endarterectomy(PEA)へと変更になった.

 PEAには開胸にて一側肺に行う方法と,人工心肺下に胸骨正中切開,超低体温間歇的循環停止法を用いて両側肺の血栓内膜摘除を行う方法があるが, 現在では後者がCTEPHに対する標準術式となっている320),355)-361)

①血栓内膜摘除術の要点
 CTEPHでは内膜摘除を伴わない血栓塞栓摘除術は全く有効ではない.このためPEAを行うに際して剥離面の決定が第一に重要となる.内弾性板と中膜の間が理想的な剥離面であり,中膜の深い層に入ると薄いピンク色の外膜が見えてきて,外へと出る危険がある352).第二に重要な点は器質化血栓は強固でちぎれにくいので,血栓内膜を少しずつ剥離して引っ張りながら末梢側に剥離を進めていき,区域動脈まで樹枝状に器質化血栓を内膜とともに摘除することである.第三に無血術野を得ることが重要である.このためにJamieson剥離子は有用であるし,適宜間歇的に循環停止を行う.1 回の循環停止時間は15分までとして,必要なら静脈酸素飽和度が90%になるか,10分間は必ず再灌流を行って再度循環停止とする.循環停止時間が長いと術後脳障害の原因となる.

 摘除血栓内膜は症例によって取れ方が異なる.PEAの問題点としては閉塞性病変が末梢性であって,正中到達法では手術的に血栓内膜摘除が施行できない症例をどうするか,また壁在血栓が脆くて引っ張りながらの剥離ができない症例をどう対処するか,炎症を伴った症例をどう扱うかにある.

②血栓内膜摘除の手術手順
 Jamiesonらの方法に準じたPEAの実際を述べる. 
ⅰ)術前準備:術中は回収式自己血輸血装置を使用するが,1週間前までに貧血のない症例では自己血採血を行ってもよい.深部静脈血栓症を認める症例や,明らかに既往のある症例では術前に下大静脈フィルターを挿入しておく.術中のモニターとして中枢温(咽頭温)・動脈圧・パルスオキシメーター,術前後の検査用に経食道エコーとSwan-Gantzカテーテルを準備する.肺出血に備えて分離気管内挿管を行う.頭部を包む氷嚢を用意する.術中は回収式自己血輸血装置を使用する.
ⅱ)胸骨正中切開後,上行大動脈送血,上大静脈(直接)と下大静脈(右房より)の2本脱血にて体外循環を開始する.冷却を始めて心室細動となったら右上肺静脈から左房ベント挿入,肺動脈本幹へ一時的ベントを挿入する.
ⅲ)冷却中に上大静脈を右房から無名静脈まで全周性に剥離する.この際,右横隔膜神経の損傷に注意する.左右の肺動脈前面を右は右上肺静脈下まで,左は心膜翻転部まで剥離する.
ⅳ)右肺動脈のPEA:上大静脈と上行大動脈の間に開創器をかけ,右肺動脈の前面中央を上行大動脈の下より右上肺静脈下まで切開する.肺動脈内に大きな器質化血栓や二次血栓があればこれを取り除き,後壁で剥離層を見つけてPEAを開始する.剥離層が同定できたら開創器を外して,上行大動脈を遮断して順行性と逆行性に心筋保護液を注入する.開創器をかけ直して中枢温が18℃で間歇的循環停止として,Jamieson剥離子を用いて区域動脈に向かいPEAを続行する.1回の循環
停止時間は15分までとし,10分間は全身灌流を再開する.右肺動脈のPEAが終了したら体循環を再開して,右肺動脈をモノフィラメント糸を用いて二重に縫合閉鎖する.
ⅴ)左肺動脈のPEA:心ネットで右側下方に心臓を引き,左肺動脈を肺動脈幹より心膜翻転部まで切開する.ベントチューブを右肺動脈内に挿入,同様に剥離層を決定して間歇的循環停止下にPEAを区域動脈に向けて行う.終了したら循環再開して復温しながら左肺動脈を同様に閉鎖する.
ⅵ)心房中隔欠損は閉鎖する.冠動脈バイパス術や弁膜症の手術を要する場合には,復温中に施行する.三尖弁逆流は肺動脈圧が低下すれば軽減するので,原則として放置する362)
ⅶ)復温が完了してから人工心肺の離脱を試みる.平均肺動脈圧が30mmHg以下に低下していると順調に離脱可能であるが,30mmHg以上の肺高血圧残存例では,カテコラミンや血管拡張薬を投与して時間をかけて慎重に離脱を図る.肺動脈圧が体血圧と等圧となったり,気道出血を多量に認める症例では,PCPSを装着してから体外循環を終了してプロタミンを投与する.
ⅷ)術後数週して心嚢液貯留による心タンポナーデを合併することがあるため,予防のために,左側心膜を大きく切徐して開窓し,左胸腔内にもドレーンを挿入する.

3)術後管理
 PCPSを装着してICUに帰室した症例では,数日間の時間をかけて離脱を試みる.1週間以上の長期PCPS補助で救命できることもある.また心不全が高度の場合には,経皮的大動脈内バルーンパンピング補助を同時に行って有効な症例がある.輸血は自己の貯血血液を用い,術中術後の他家血輸血はできる限り行わないようにする.PEA術後の再灌流障害による肺浮腫や気管内出血は最も注意すべき合併症である363).術後の気管内出血は手術時の肺動脈壁損傷によることも多い.このために呼吸不全が遷延化したら長期にPEEPをかけながら人工呼吸管理を慎重に行う.気道出血やドレーンからの出血が心配なくなったらヘパリンを開始し,ワルファリンの経口投与に変更していく.10~ 15%の症例では術後に残存肺高血圧が認められ364),血管拡張薬(PGE1,PGI2など)と,カテコラミン投与により長期にわたる右心不全管理を要する場合がある.

4)外科治療の成績
 CTEPHに対する超低体温循環停止下のPEAの手術成績は, 以前の報告ではJamiesonらは手術死亡率が8.7% 320),365)と報告し低くはなかったが,最近のMayerやThistlethwaiteらの報告ではいずれも4.7%と改善してきている366),367).Oginoらは病院死亡8.0 %(7/88)368),安藤らの待機手術84例では7例(8.3%)369),最近5年の75例では2 例(2.7%)370)の手術死亡であった.各施設とも最近になって手術成績の向上が得られている.

 CTEPHに対する内科的治療の遠隔成績は良好ではないが,PEA後では呼吸循環動態は改善して良好な遠隔予後が期待できる361).6年の生存率が75%322),5年の生存率が86% 324)などの報告がある.ただし術後に肺高血圧が残存した症例では遠隔期の成績は不良となる356),357)
表37 慢性血栓塞栓性肺高血圧症の診断基準
図14 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 肺血流スキャンと肺動脈造影
図15 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 造影CT 所見
表38 慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する治療
図16 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の治療手順
表39 CTEPHに対する手術適応
Ⅱ 各論 > 4 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
目次へ