肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
胸部X線で肺野に異常なし,または
X線所見や呼吸機能検査に比して肺高血圧の程度が著しい
肺換気・血流スキャン
正常または斑状血流欠損
肺動脈性肺高血圧症(PAH) 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
その他の肺血管疾患
換気障害型肺疾患
に伴う肺高血圧症
換気に異常を認めない
区域性血流欠損
換気に異常を認める血流欠損
●対象疾患
1)高度慢性呼吸不全例
2)肺高血圧症
3)慢性心不全
4)チアノーゼ型先天性心疾患
●高度慢性呼吸不全例の対象患者
 動脈血酸素分圧(PaO2)55Torr 以下の者,およびPaO2
60Torr 以下で睡眠時または運動負荷時に著しい低酸素血症を
来たす者であって,医師が在宅酸素療法を必要であると認め
た者.
 なお,適応患者の判定に,経皮的動脈血酸素飽和度測定器
による酸素飽和度から求めたPaO2を求めることは差し支え
ない.
ClassⅠ
 1.低酸素血症を伴う症例に対する長期
   (在宅)酸素療法 (Level A)
ClassⅡa
 1. 適応基準を満たす症例に対する
   肺移植 (Level B)
ClassⅡb
 1.血管拡張療法の経口または(持続)静脈内
   投与 (Level B)
 2.一酸化窒素(NO),iloprost の吸入投与
(Level B)
 3.volume reduction surgery (Level B)
 4.リハビリテーション (Level B)
 一秒量が予測値の35%未満
● 低酸素血症(PaO2 55-60Torr 以下)
● 高炭酸ガス血症(PaO2 50Torr 以上)
● 肺高血圧症の合併
1 慢性閉塞性肺疾患
要旨
 慢性閉塞性肺疾患(COPD)とはタバコ煙を主とする有害物質を長期吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患であり,通常は進行性で正常に復すことのない気流閉塞を呈する疾患である.気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こる247).本症では肺循環系にも様々な器質的・機能的影響が及び,特に低酸素血症を伴う重症例では肺高血圧を合併しやすい.

 COPDに合併する肺高血圧に対し治療効果が確立されているのは,酸素療法と肺移植である.そのほかの治療法として血管拡張薬,一酸化窒素吸入,肺容量減少手術,リハビリテーションなどがあるが,その効果は証明されていないか,あるいは検討中である.

①疫学,原因

 COPDの肺高血圧合併率は報告により値が大きく異なる.その理由は対象や肺高血圧の定義,診断方法の違いなどが原因と考えられる.COPDに肺高血圧が合併する原因としては肺血管床の減少のほか,低酸素血症に伴う肺血管攣縮や血管壁のリモデリングが考えられている248)-250)

 COPDの一部では,重症の肺高血圧を呈することが以前から報告されている.StevensらはシカゴのPulmonary Heart Disease Centerを受診して右心カテーテル検査を受けたCOPD 600例中5名(0.8 %) に平均肺動脈圧が40mmHg以上の肺高血圧を認めたとしている251).北米のNational Emphysema Treatment Trialは, 右心カテーテル検査にて肺容量減少手術対象の重症肺気腫患者の5%に平均肺動脈圧が35mmHg以上の肺高血圧を認めたとしている252).またChaouatらは,右心カテーテルを施行したCOPD 998例中27例(2.7%)で平均肺動脈圧が40mmHg以上だったと報告している22)図11).

②診断方法

1)心電図
 通常の右室肥大の基準では約3分の1しか診断できないとされる.逆に基準を満たす場合には高度の右室肥大が疑われ,予後も不良とされる253).また経過中に軸の右方偏位,V1 でのR波の増高などを認めた場合には肺動脈圧上昇による右室負荷を考慮すべきである.

2)動脈血ガス分析
 COPDでは動脈血ガス分析値と肺循環障害の程度がよく相関する.動脈血酸素分圧(PaO2)が室内気吸入下で60Torr 以下であれば肺高血圧を合併していることが多く,アシドーシスを伴っていればさらに合併率は高い.運動時あるいは夜間のみに低酸素血症と肺動脈圧の上昇がみられることがあり254),255),その場合経皮的な動脈血酸素飽和度(SpO2)のモニタリングが有用である.

3)心エコー
 断層像による右心系の観察,三尖弁閉鎖不全の逆流速度,右室流出路における血流加速時間,右室駆出時間の計測などにて行う.経胸壁操作のほか肋骨弓下操作で明瞭な画像が得られる場合がある256).症状,心電図などで肺高血圧が疑われた場合は本検査にて肺動脈上昇の有無をより正確に推測可能である.

4)肺換気-血流シンチグラム
 COPDを含む換気障害型呼吸器疾患に伴う肺高血圧と,肺動脈性肺高血圧,慢性血栓塞栓性肺高血圧では,肺換気─血流シンチグラムのパターンが異なる(
12
).肺換気血流シンチグラムのみでこれらの確定診断は困難であるが,他の検査所見と合わせることで病態診断にも有用である.

5)右心カテーテル検査
 他の肺高血圧と同様,平均肺動脈圧25mmHg以上をもって肺高血圧と診断する.本検査は侵襲的であり,BNPなどの血液生化学検査や心エコーなどの非侵襲的
検査結果も勘案し,総合的に右心カテーテル検査施行の必要性を判断する.一方,肺動脈圧の上昇が高度,あるいは進行性の場合には本検査によって正確な肺循環動態の把握と治療方針決定が可能であるため,安定軽症例の場合よりも積極的に施行を検討する.病態評価,治療方針決定にはMRI 検査257)や核医学的検査258)などの所見も参考となる.

③予後・重症度判定

 肺高血圧は年齢や低肺機能とともにCOPDの予後増悪因子であり259),260),症状悪化頻度の増加にも関連している261).本症に合併する肺高血圧は比較的軽症が多いが,平均肺動脈圧で40mmHgを超える症例があることが知られ262),その場合予後不良であることも報告されている22).最近,肺CT画像で評価した肺動脈径/大動脈径比が1を超えた症例では増悪の頻度が高いと欧米から報告されているが,我が国では確認されておらず,また肺高血圧との関連も明らかではない263)

④治療

 COPDに合併する肺高血圧の治療は慢性安定期と増悪期とで異なる.前者では酸素療法,後者では酸素療法に加え抗菌薬など増悪因子への対処が中心となる.なお,COPD自体に対する適切かつ最善の気管支拡張薬の投与は肺高血圧治療に対しても重要である(表29).

1)慢性安定期
①酸素療法(表30
 COPDに合併する肺高血圧に対して唯一有効性が証明されている治療法である.在宅酸素療法の施行によって肺高血圧ないし肺性心の進行の阻止,および生命予後の改善が期待され264),265),さらにうつ傾向の軽減など精神神経機能への効果も期待できる260).ただし本治療による肺高血圧の部分的進展抑制効果が示されているものの,肺動脈圧の正常化は期待できない267).酸素の投与にあたっては低流量から開始しCO2ナルコーシスを避ける注意が必要である.運動時のみ,および睡眠中のみの低酸素血症に対する在宅酸素療法の長期効果についてはエビデンスに乏しく意見が一致していない268)

②血管拡張薬
 血管拡張薬は直接的な肺動脈圧降下作用を持つ一方,低酸素性肺血管攣縮を解除することで低酸素血症の増悪や体血圧の低下をもたらす可能性がある269).これまで種々の血管拡張薬の全身投与が試みられたが,酸素療法に匹敵する効果は証明されていない.一酸化窒素(NO)の吸入療法も明らかな有用性は示されていないが270),271),酸素吸入との併用が有効であるとの報告がある272)

 一方ASPIRE(Assessing the Spectrum of Pulmonary hypertension Identified at a Referral centre)登録研究のサブグループ解析では,肺血管拡張療法に対する治療反応群の予後が良好であるとの結果が示され,一部の重症肺高血圧症例では肺血管拡張療法が有用である可能性が示唆された273)

③外科療法
 肺移植は肺高血圧を合併したCOPDにも適応があり,国際心肺移植学会のCOPDに対する肺移植の適応基準にも「酸素治療によっても解除されない肺高血圧の合併」が含まれている(表31215).肺容量減少手術の肺高血圧に対する効果は定まっておらず274),逆に酸素吸入中の平均肺動脈圧が30mmHg以上の症例は適応から外す基準が一般に用いられている275)

④リハビリテーション
 リハビリテーションは運動耐容能の改善をもたらすものの,肺循環動態の改善効果は証明されていない276)

⑤禁煙
 喫煙はCOPDの主要な危険因子である.逆に禁煙は肺機能の低下を遅延させるため最も効果的で,費用対効果の優れた方法である277).禁煙の肺高血圧症そのものへの影響に関する知見は乏しいが,COPDの重症化を防ぐことから肺高血圧症合併例でも試みるべき治療である.

2)増悪期
 増悪期には通常低酸素血症は悪化し,その結果肺動脈圧も一般に上昇する.急性増悪の原因としては一般に気道感染が多いが原因の特定が困難な場合も少なくない.

 治療は低酸素血症の改善を第一の目標とし,高炭酸ガス血症を伴う場合には換気補助療法を考慮する.換気補助療法では非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation: NPPV) の適応をまず考慮し,NPPVの装着が困難な場合,誤嚥がある場合,気道内分泌物の除去が必要な場合などは挿管下の人工呼吸を考える.その他増悪因子に応じて抗生物質,気管支拡張薬,ステロイド,去痰薬,利尿薬などの投与を行う.

【治療効果】
 最も多く行われる酸素療法の急性効果と予後には必ずしも関連がないとされる278).よって酸素投与の急性効果がなくても,長期的観点で同治療の継続が考慮される必要がある.

⑤今後の展望,課題

 今後はCOPDの中でも重症および/あるいは進行性の肺高血圧合併例について特に病態の解明および治療法の確立が望まれる273).その他禁煙プログラムなどによる一次予防,心エコー,心臓MRI などによる非侵襲的検査による早期発見・治療,および再生医療の応用などが期待される.
図11 平均肺動脈圧と動脈血酸素分圧の関係
文献22より
(左図)COPD以外に明らかな呼吸器・循環器の病気を認めな
かったが平均肺動脈圧(Ppa)が40mmHg以上であった症例
のPpa と動脈血酸素分圧(PaO2)の関係。
(右図)Ppaが40mmHg未満であったCOPD 症例のPpaと
PaO2 の関係。
図12 原因不明の肺高血圧症の鑑別診断
表29 COPD伴う肺高血圧症の治療
表30 社会保険による在宅酸素療法の適応基準
表31 国際新肺移植学会のCOPDに対する肺移植適応ガイドライン
Ⅱ 各論 > 3 肺疾患および/または低酸素血症による肺高血圧症 > 1 慢性閉塞性肺疾患
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