肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
① 心不全(右・左単独,両心不全の場合あり)
②  最大限の内科的治療によってもNYHA/WHO機能分類:
Ⅲ~Ⅳ度の場合
③  臓器障害(肝腎機能障害)が認められるようになった場

④ 難治性の致死的不整脈
⑤ 頻回の喀血(気管支動脈栓塞術無効例)
1)絶対的除外条件
  a)肝臓,腎臓の不可逆的機能障害
  b)活動性,全身性感染症
  c)薬物依存症(アルコールおよびニコチン依存症を含む)
  d)悪性腫瘍
  e)HIV抗体陽性
2)相対的除外条件
  a)肝臓,腎臓の可逆的機能障害
  b)活動性消化性潰瘍
  c )合併症を伴ったインスリン依存性糖尿病
  d)高度胸郭変形や胸膜に広範な癒着や瘢痕
  e )高度筋・神経疾患
   f )極端な低栄養または肥満
  g) リハビリテーションが行えない,またはその能力が
期待できない症例
  h)本人および家族の理解と協力が得られない
   I )精神社会生活上に重要な障害
【肺移植相談のガイドライン】
①  可能なかぎりの内科的治療にもかかわらずNYHA3度
以上
② 急速な病状の進行
【肺移植適応のガイドライン】
①  可能なかぎりの内科的治療にもかかわらずNYHA3度
以上
② 6分間歩行距離が350m未満
③ エポプロステノールの持続点滴に不応
④ Cardiac index(CI)<2.0L/min/m3
⑤ 中心静脈圧>15mmHg
7 肺動脈性肺高血圧症の外科治療
①心房中隔裂開術

 卵円孔開存を合併するIPAH/HPAHは,非合併例より予後がよいことから,本手術法が発想された202).心房中隔裂開術の手術死亡率は13%,30日生存率は82%とされるが,成績は報告によって一定していない.SpO2< 80%の例,高度右心不全例は死亡率が高い.本法は他に採用し得る治療法がないか,他のすべてに治療に反応しない場合に限定すべきとされている203).我が国では肺高血圧症に対する実施例の報告はほとんどない.

②肺移植

 あらゆる内科的治療に反応しないNYHA のⅢ~Ⅳ度の患者例が移植適応と考えられる(表25185).欧米では,IPAH/HPAH は肺移植適応疾患の3.3%と報告されている204).肺移植の術式には片肺移植,両肺移植,生体肺葉移植がある.IPAH/HPAH に対する肺移植は,90%以上が両肺移植で,本法が標準術式となりつつある.海外の報告では,5 年生存率は通常50%であるが周術期の死亡率も約20%に達する.

 我が国の肺移植では2011年4 月までに204例が報告されている.生体肺移植が105例,脳死肺移植が99例で,IPAH/HPAH は43例(21.1%)であった.これらの 5年生存率は79.4%で,他疾患に対する肺移植と同等であった.周術期の死亡率は約15%であった.2008年の報告では IPAH/HPAH に対する生体肺移植は25例,3年生存率は85.4%で脳死肺移植より成績は良好であった205)

 我が国では肺移植を希望するIPAH/HPAH 患者は,専門医によってエポプロステノールを含めた可能な限りの内科的治療を受け,その上で移植認定施設での適応検討,中央肺移植検討委員会で承認を受けた後,日本臓器移植ネットワークに登録される手順となっている.生体肺移植に関しては,移植認定施設の判断に委ねられる.

 国際心肺移植学会によるガイドラインは下記のとおりである.

③心肺移植

1)適応疾患
 移植以外では救命ないし延命の期待が持てない以下の重症疾患である
① 不可逆的心機能低下を伴うIPAH/HPAH:心機能低下がどの時点で不可逆的なるかという閾値はまだ知られていないため,施設ごとに基準が異なっている3).総じて,左室駆出率が35もしくは45%未満206),致死的な不整脈が認められる場合には,肺移植ではなく,心肺移植の適応と考える.

② 肺高血圧を伴う先天性心疾患(Eisenmenger症候群)で外科的修復が困難か,心機能低下を伴うもの:心機能が保たれていて,先天性心疾患を修復可能な場合には,両側肺移植または片肺移植と先天性心疾患修復の併用手術の適応となる.一方,心内修復の際に大動脈遮断が1時間以上かかることが予想されるような複雑心奇形(両大血管右室起始症,完全大血管転位など)や,Fontan型手術しかできない先天性心疾患(単心室など)は心肺移植の適応となる207)-209).ただし,subaortic VSDを伴った両大血管右室起始症などは,術者の判断によって心内修復と両側片肺移植の適応となる210),211).提供臓器数のことを考えなければ,Eisenmenger症候群では,VSDでも心肺移植の方が肺移植より予後がよいと報告されており,今後も適応基準には変遷があると考える212).

2)適応基準
 内科的治療が発展したため,本症で肺または心肺移植の適応となる症例は減少した3),213).本症の余命を予測することは困難であるが,25%程度に移植を考慮する症例があると報告されており42),185)表26の①~⑤に示すような条件を満たすようになれば,2年以内に死亡する確率が増加すると考えられているので214),以下のような条件が揃ってくれば,適応評価を検討する.

 我が国では,年齢は55歳以下が望ましいとしている.以上の医学的基準に加えて,移植手術を本人,家族が十分理解し,これに積極的な態度を示すとともに家族からの経済的,精神的な援助が期待できるかなどの,社会的,精神的な評価も重要である.

 一方,移植の成績を損なわないように多くの適応除外条件が具体的に設けられている(表27).具体的には,肝臓,腎臓の不可逆的機能障害,活動性,全身性感染症,薬物依存症,悪性腫瘍,HIV抗体陽性などがあり,相対的除外条件として,肝臓,腎臓の可逆的機能障害,活動性消化性潰瘍,合併症を伴ったインスリン依存性糖尿病,高度胸郭変形や胸膜に広範な癒着や瘢痕,高度筋・神経疾患,極端な低栄養または肥満,リハビリテーションが行えない,その能力が期待できない症例,本人および家族の理解と協力が得られない,精神社会生活上に重要な障害などがある.また,肺移植レシピエント選択の国際ガイドライン215)では,HB抗原陽性例,肝生検で肝疾患を認めるHCV陽性例も禁忌とされている.
表25 肺移植のガイドライン
表26 心肺移植の適応
表27 心肺移植の適応除外条件
Ⅱ 各論 > 1 肺動脈性肺高血圧症(PAH) > 7 肺動脈性肺高血圧症の外科治療
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