肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
a) 激しい運動,長い階段の昇降,学校の体育は原則とし
て禁止
b) 高地での滞在,旅行,航空機搭乗は避けるか,酸素の
携帯が勧められる
c) 学童心臓検診の心臓病管理区分表では,Ⅰ,Ⅱ区分で,
C以下となることが多い.
d) 妊娠・出産は禁忌.経口避妊薬も使用すべきではない.
e) 感染予防 細菌性心内膜炎の予防のため歯科処置,手
術に際しては抗菌薬の投与が必要.
f) 低酸素血症が強い場合は安静時でも,SpO2<92%なら
在宅酸素療法を行う.
(Level C,ClassⅢ)
妊娠,全身麻酔,脱水,大量出血,貧血,非心臓手術,心
臓手術,不適切な薬物療法(血管拡張薬,利尿薬,経口避
妊薬の一部,抗血小板薬,抗凝固薬),心臓カテーテル検査,
運動負荷検査,空気フィルターのない静脈ライン,長時間
の座位,高地訪問,肺感染症,喫煙
(Class Ⅰ,Level B)
a)心房中隔欠損(ASD)
  ASDではQp/Qs>1.3で,Rp 14単位・m2以下は手術
適応とする.
  Rp/Rs>0.85なら適応なし.0.5<Rp/Rs<0.85なら,
酸素負荷,薬物負荷への反応性,肺生検所見などを参
考にして決定.
 Rp/Rs<0.5以下は適応.
b)心室中隔欠損(VSD)
  肺高血圧のあるVSDでは生後9か月までに,根治術を
施行することが望ましい.
 Qp/Qs>1.3で,Rpが8~10単位・m2以下は手術適応.
  Rpが上昇している症例では,トラゾリン負荷または酸
素負荷でRpが7単位・m2以下となる症例は手術適応.
  安静時,運動時に明らかな右左短絡のあるEisenmenger
症候群は手術禁忌.
c) 動脈管開存
 左右短絡を有していれば手術適応とする.
d)大血管転位
  肺高血圧を合併する完全大血管転位では生後3か月ま
でに手術を済ませることを目標とする.
(Qp:肺血流量,Qs:体血流量,Rp:肺血管抵抗,Rs:体血管抵抗)
ClassⅠ
 1.NYHA/WHO Ⅲ度へのボセンタン( Level B)
ClassⅡa
 1.その他のERA,PDE5-Ⅰ,PGI2 (Level C)
 2.喀血(-)で肺血栓や心不全のある人
   への抗凝固療法 (Level C)
 3.酸素投与によりSaO2が上昇し,症状軽快
  例への酸素投与人 (Level C)
 4.Ht>65%で過粘稠により症状がある例での
   瀉血 (Level C)
ClassⅡb
 1.併用療法 (Level C)
ClassⅢ
 1.カルシウム拮抗薬
Ⅰ.血液検査
1 血算,生化学,尿一般,血液型,感染症スクリーニング
2 血液凝固(PT,aPTT,トロンボテスト,第Ⅷ因子,von
Willebrand抗原,アンチトロンビンⅢ,プロテインC,
プロテインS,フィブリノゲン)
3 血管作動性物質(hANP,BNP,エンドセリン-1,アド
レノメジュリン,TXB2,6-keto-PG F1 α)
4 甲状腺機能検査
5 膠原病の検査(赤沈,免疫グロブリン,血清補体価,抗
核抗体,抗DNA抗体,抗RNA抗体,抗セントロメア抗体,
抗リン脂質抗体,リウマチ因子など)
Ⅱ 画像
6 胸部X線検査
7 肺(換気)・血流シンチグラフィー
8 心筋シンチグラフィー・心プールシンチグラフィー
9 胸部CT検査および心臓MRI検査
Ⅲ 生理検査
10 12誘導心電図検査
11 運動負荷心電図,24時間ホルター心電図
12 心エコー法
13 経皮酸素飽和度モニタリング(労作時,睡眠時を含む)
14 6分間歩行テスト(酸素吸入あり・なし)
15 肺機能検査
16 心臓カテーテル検査
Ⅰ度: 肺小動脈の中膜筋層の肥厚
Ⅱ度: 肺小動脈の内膜の細胞増殖により内腔狭小化
(Ⅰ,Ⅱ度は可逆的,Ⅲ度以上は非可逆的)
Ⅲ度: 内膜の細胞増殖がさらに繊維化し内腔が狭くな
った状態
Ⅳ度: 小動脈の拡張性病変,血管腫状変化
Ⅴ度: 糸球体様変化,内腔閉塞,叢状変化Plexifrom lesion
拡張病変
Ⅵ度: 壊死性動脈炎
(Ⅳ,Ⅴ度では血管壁の希薄な側副血行路,肺動脈
瘤が形成される)
急性負荷試験
a 酸素吸入:純酸素(100%O2),10~15L/分を10~
15分吸入させ,各循環諸量を測定.
b 肺血管拡張薬の負荷テストNO吸入,ATP,プロスタ
サイクリン投与により,可逆性の有無が検索できる.
c 判定基準
  平均肺動脈圧が10mmHg以上低下して40mmHg以
下となり,かつ心拍出量は変化なしあるいは増加
する場合を良好な反応と定義する.
  負荷試験によりRpが6単位・m2以下になる症例は
予後が良好である.
1.心血管系
  不整脈,心不全,失神,突然死,感染症,心内膜炎,奇異
性血栓
2.血液学的異常
 赤血球増多症,過粘度症候群,低色素性小球性貧血
3.出血傾向
 喀血,鼻出血,生理出血
4.中枢神経
 脳血栓塞栓症,脳梗塞,脳腫瘍,失神
5.腎臓
 慢性腎炎,糸球体硬化症
6.その他
 高尿酸血症,痛風性関節炎,肥厚性関節炎,バチ状指
4 先天性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症
要旨
 先天性心疾患(CHD)に伴う肺高血圧症は,主に中等度以上の左右短絡が持続した結果生じるもので,適切な時期に根治術を行い,肺血流を正常化させれば肺高血圧は可逆的である.しかし手術時期が遅れた症例や,約1/3の症例にみられる肺血流増加の時期がないまま成長した症例では肺動脈の閉塞性病変が進行して非可逆的となる.その結果,左右短絡の減少と右左短絡の増加によるチアノーゼが生じ,この病態はEisenmenger症候群と呼ばれる.左右短絡性CHDに肺高血圧症を合併してくると肺うっ血症状が軽くなり,肺血管抵抗(Rp)が12単位/m2 以上となり,肺体血管抵抗比も1に近くなる(注:小児科領域では伝統的に肺血管抵抗を表す単位としてWood単位が用いられる場合が多い).Eisenmenger症候群の予後は10歳代から50歳代までと様々で,最後の2~ 3年は低酸素血症,心不全症状,不整脈が目立つ.

 本項の多くは,日本循環器学会ガイドライン「成人先天性心疾患診療ガイドライン」175)と,Canadian Consensus Conferenceのガイドライン176)の肺高血圧症関連の勧告に準拠しているので参照していただきたい.

①疫学,原因

 Eisenmenger症候群はこの30年間で小児期の患者は減少傾向にあるが,手術不能のまま思春期~成人期に達した症例や,術後肺高血圧症例が散見される.心室中隔欠損(VSD),動脈管開存(PDA),心内膜床欠損(ECD),完全大血管転位,Down症候群,多脾症候群,主要体肺側副血行合併例などでは肺高血圧症が起こりやすく,心房中隔欠損(ASD)では成人までは肺高血圧症になりにくい.大きな心内短絡による肺血流増加と肺動脈圧上昇による組織学的変化は6か月前後から始まり,1歳半~ 2歳以後では非可逆的になる.一部の奇形症候群,例えばDown症侯群合併例や,チアノーゼに肺血流増加を伴う大血管転位では生後2 ~ 3か月から始まることがある.

 病理像の特徴は,肺細小動脈と300μm以下の動脈の変化である.肺細小動脈の中膜,内膜肥厚,さらにplexiform lesion,中膜の菲薄化や動脈瘤,拡張を来たす.肺動脈病変は,Heath-EdwardsによりⅠ~Ⅳ度に分類され,Ⅳ度以上は不可逆的変化と考えられている177)

 臨床経過は原因となる心疾患により異なる.大きなVSDを持つ症例の15%では幼少期にRpの上昇を来たす.2 歳までに根治手術が行われれば肺高血圧が残存す
ることはおおむねないが,手術時期の遅れた症例では残存肺高血圧が懸念される.大きなPDAの経過はVSDと同様である.ASDでは小児期は通常正常肺動脈圧であり,20%の症例で30歳代以降に肺高血圧の進行をみることがある.欧米の報告では心エコーの評価ではあるが成人CHDの4.2%に肺高血圧が合併し,特にASDでは6.1%がPAH,3.5%がEisenmenger 症候群であったとしている178),179)

②診断方法

1)症状
 軽症例では安静時は無症状で,運動時に全身血管抵抗が下がったときにのみチアノーゼが出現する.進行例では強いチアノーゼ,ばち状指,ヘマトクリット60~70
%の多血症がある.右左短絡が増加しヘマトクリットが65%に達すると血液粘稠度が亢進し酸素運搬能はかえって低下し,血栓塞栓症の合併率は高くなる.その他全身に合併症がみられる19)表16).

 診察上,前胸部拍動,右室挙上がある.Ⅱ音は単一化し分裂幅は狭く,Ⅱ音肺動脈成分は亢進する.両心室圧が等しくなるため短絡性雑音は弱くなり,欠損孔が閉鎖したかと錯覚することがある.右左短絡の多くは拡張期に起こる.肺動脈弁逆流雑音(Graham Steel雑音)や三尖弁逆流雑音が聴かれ,右心系のⅣ音が聴かれることがある.左右短絡による肺血流増加による肺うっ血の症状はほとんどなくなり,右心不全や低酸素血症が目立つようになる.

2)検査(表17)
①胸部X 線検査
 肺高血圧症では近位主肺動脈,左・右肺動脈枝は太くなるが,末梢肺血管陰影はtapering,細小化,枯れ枝状を呈し,肺野が明るくなる.肺血流が多い時期には肺うっ血像があり,末梢血管はとぐろ状に蛇行する.PDAでは心拡大はないが,ASDでは若干大きい.

②心電図検査
 右軸偏位,両室または右室肥大.右房負荷があれば三尖弁逆流の合併がある.

③心エコー法
 右房圧,右室圧,肺動脈圧上昇.前駆出時間/駆出時間比の増加.短絡血流は減少し,両方向短絡がみられるようになる.

④肺血流シンチグラム
 肺血栓塞栓症,肺性心の鑑別診断に有用である.

⑤右心カテーテル検査
 基礎疾患を確定し肺高血圧の程度を算出する.さらに酸素,一酸化窒素(NO)吸入,プロスタサイクリン(PGI2),Ca拮抗薬などの血管拡張薬への反応性をみる
ことも有用である.

③重症度判定

 右心カテーテル検査で,肺血管抵抗が800 dynes・sec・cm-5ないし,10~ 15単位/m2 以上をEisenmenger化した重症肺高血圧症と定義し,8 ~ 10単位/m2は手術境界領域の肺高血圧である.Eisenmenger 症候群になるとVSD,ASDでは15~ 40単位/m2まで上昇する.Eisenmenger症候群では酸素や血管拡張薬に対する反応はIPAH/HPAHに比し少ない.負荷によって肺血管抵抗が6 単位/m2以下となる症例は予後良好である(表18180)

【病理組織像】
 一般的にはHeath-Edwards分類48)(Ⅰ-Ⅳ度)(表19)に従い判定するが,Ⅳ度以上は非可逆的である.Heath-Edwards 分類Ⅲ度以上は手術禁忌とされ,肺小動脈内腔の閉塞と,末梢血管の中膜の肥厚の退縮所見は絶対的禁忌である.重症例(Heath-Edwards分類Ⅳ-Ⅴ度)では一度閉塞した肺細小動脈の近傍に拡張した壁の薄い側副血行路が形成され,出血しやすく,喀血の原因となるため抗凝固薬の使用は危険である19).Heath-Edwards分類Ⅳ-Ⅵ度は中膜壊死,拡張病変,叢状病変が混在し,八巻はこれを一括して肺小動脈に壊死破壊を認めるものとして分類している.手術適応の境界例では肺生検により,Index of Pulmonary Vascular Disease(八巻)を参考にして,そのscoreから手術適応を決定する場合もある177)

④治療方針

1)内科治療(表20)
 特異的PAH治療薬の投与はQOLを改善し,有効である可能性があるが,有用性を断定できるランダム化比較試験は多くない.CHDに伴う肺高血圧症の治療は,
IPAH/HPAHと同様に肺血管拡張薬+抗心不全療法である.抗血小板薬,抗凝固薬は,出血傾向が助長されるために慎重に投与すべきである.NYHA/WHO Ⅱ度以下では,経口薬にて管理することが可能であり,Ⅲ~Ⅳ度ではエポプロステノール持続静注療法も考慮する.

①エポプロステノール(プロスタサイクリンI2:PGI2
 肺高血圧を合併したCHDに対してもエポプロステノール持続静注療法は,平均肺動脈圧(-21%),心係数(+69%),肺血管抵抗値(- 52%),NYHA/WHO機能分類(- 31%),6分間歩行距離(+ 13%)での改善の報告がある181).経口PGI2薬(ベラプロスト)も承認されている. 皮下注薬・吸入薬は臨床試験中である.

②エンドセリン受容体拮抗薬
 BREATH-5 試験とその延長試験182)では高い有用性が確認されている.

③ PDE5 阻害薬
 SUPER-1 試験でPAHに対するシルデナフィルの有用性は証明され113),Eisenmenger症候群へのタダラフィルの効果も証明されている183)

④併用療法
 単一製剤による治療よりも併用療法が現時点では優れているとは必ずしも言い難い19)

 瀉血はHt> 65%か,症状のある患者に行うことがあるが,貧血に注意する.最近は有用性に乏しいとの意見も多い.心臓外科手術前には1 ~ 2単位の瀉血が推奨される104)

2)外科治療(表21)
 先天性心疾患に伴う肺高血圧症に対する根治術は,適切な時期に手術を行えば正常化するが,Eisenmenger症候群となった重症肺高血圧症では禁忌である(ClassⅠ,Level B).境界肺高血圧症例,手術時期が遅れた症例では,術後に肺血圧が十分に低下しなかったり,数年後の遠隔期に再度肺高血圧症を発症することがある184)( ClassⅠ,Level B).軽症例では内科的治療の方が予後はよいとされる.

【肺・心肺移植(Class Ⅰ,Level C)】
 根治術の適応がないと考えられる症例で,肺,心肺移植の禁忌事項のない症例で考慮される.移植のinformedconsentが必要であり,脳死肺移植か生体肺葉移植についての適応を決定する.修復可能な心内奇形に対しては,先天性心疾患に対する心内修復術と,片肺または両肺移植の同時手術が行われる.修復不可能な心奇形症例,左心不全合併例に対しては心肺移植の適応が検討される185),186)

⑤日常生活管理


 日常生活においてもEisenmenger症候群では表22に示す病状悪化因子に注意する.また,生活制限上で注意すべきことがある(表234),187)

1)妊娠,出産の問題(Class Ⅲ,Level C)
 基本的には,Eisenmenger症候群では妊娠分娩は禁忌である.一般的な心疾患ではNYHAⅠ,Ⅱ度が対象となるが,心不全増悪,母体死亡の可能性がある.肺高血圧症のない左右短絡性疾患はlow riskであるが,チアノーゼを呈しているCHD(Fallot四徴,Eisenmenger 症候群)では,母死亡30~ 70%,胎児死亡28~ 50%との報告もある.分娩後数日以内に死の転帰をとることが少なくない.その他早産,胎児発育不全,未熟児,感染症,育児の負担,心理的社会的問題がある.

2)心以外の手術,麻酔

 全身麻酔は血管拡張を来たし,右左短絡を増強する.循環血液量の減少は,低血圧,低酸素血症,血液濃縮を増強するので,十分な補液管理を必要とする.

⑥長期予後


 肺高血圧症を伴ったCHDの死因は主に,低酸素血症と不整脈で,心内膜炎,脳膿瘍,脳血管障害,肺梗塞,肺出血,喀血にも注意する.その他,多血症,貧血,血
小板減少,溶血,DIC,脳血栓,塞栓,中枢神経異常,痛風,高尿酸血症,慢性腎炎,関節炎,変性を伴うばち状指,歯肉炎などもみられる.突然死もあり,一般的な予後は15~ 60歳,平均45~ 50歳と幅がある.また高いRpで高年齢で根治手術をした症例では,遠隔期にも肺高血圧が発症することがある.
表16 成人期Eisenmenger症候群の合併症
(文献19より引用)
表17 一般検査
表18 肺高血圧症に対する心臓カテーテルでの負荷試験
文献180より引用
表19 Heath-Edwards分類
表20 Eisenmenger症候群に対する治療
文献4より引用一部改変
表21 肺高血圧を合併した先天性心疾患の根治術の適応
表22 Eisenmenger症候群病状悪化因子
表23 日常生活上の制限
Ⅱ 各論 > 1 肺動脈性肺高血圧症(PAH) > 4 先天性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症
次へ