肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
9 右心カテーテル
 肺高血圧の確定,肺高血圧の分類,重症度・治療効果の判定には必須の検査である.経験のある施設では右心カテーテルに伴う検査リスクは高くはないが,
NYHAやWHO機能分類Ⅳ度の症例では検査リスクが存在することを無視はできない.右心カテーテル手技に関わる重篤な有害事象は7,218回の検査で76件
(1.1%)生じたことが報告され,内訳は静脈穿刺関連が29件,右心カテ操作関連が22件,血管反応性試験関連15件,肺動脈造影関連6件であった.また,致死的合
併症は4件(0.055%)に発生し,そのうち直接右心カテーテル手技に関わったのは2 件のみであったとの報告がある34).最近では肺高血圧症例の右心カテーテル穿
刺部位として内頸静脈を用いることが多いが,合併症は1.7%(6/349;頸動脈穿刺3,洞性徐脈2,完全房室ブロック1)と報告されている35).しかし小児領域でのカ
テーテル検査リスクは成人領域より高く,肺高血圧症の小児で全身麻酔下に実施された右心カテーテルでは 6%(4/70)で心マッサージが行われた36).2例では不整
脈,1例では低血圧,1例では致死的心不全が原因であった.

 血行動態からみた場合,肺動脈圧上昇,心拍出量低下,右房圧上昇の順で肺高血圧症の臨床的重症度は高くなる.血行動態指標の計測時の注意点と,
IPAH/HPAHで治療方針決定に用いられる急性肺血管反応性試験の陽性基準につき以下に述べる.

①肺動脈圧(pulmonary arterial pressure: PAP)

 CTEPHでは病変部位によっては肺動脈圧の測定値が異なることがあるので,左右の主肺動脈,肺動脈幹で計測する.

② 肺動脈楔入圧(pulmonary capillary wedge pressure: PCWP)

 PCWP は肺高血圧の原因鑑別に有用である.再改訂版肺高血圧症臨床分類1,3,4,5 群の前毛細血管性肺高血圧症では PCWP は15mmHg以下,2 群(左心
疾患による肺高血圧症)では15mmHgを超える.しかし,肺高血圧症では近位部肺動脈が拡張し,正確な圧測定が困難な場合がある.その原因は肺動脈の拡張が
高度でバルーンが肺動脈に完全には楔入しないこと(正確な圧より高い値となり,異常な圧パターンを示す),カテーテル先端が血管壁に当たることにある(測定してい
る圧がドリフトし,異常な圧パターンを示す).このような場合には,バルーンへのガス量を調節しバルーンサイズを小さくして,区域肺動脈あるいはそれより末梢の肺動
脈にウェッジさせることにより正確な PCWP が得られることが多い.また,CTEPHで拡張する肺動脈から急激に血管径が縮小する場合には上記の方法によっても楔
入圧が得られないことがある,その場合には病変部の軽度な血管を選択して再度楔入圧測定を試みる.正確なPCWP が得られないと,臨床的判断を誤る可能性が
あることに注意し,正確な圧を得る努力をすべきである.

③ 心拍出量(cardiac output: CO)または肺血流量(Qp: pulmonary blood flow)

 基本的にはCOとQpは等しいが,シャント疾患ではCOとQpは異なる.したがって小児科領域で肺循環系の血行動態諸量を扱う場合にはQpが用いられる場合が多
い.肺高血圧では有意な三尖弁逆流を伴うことが多く,熱希釈法により得られた CO は誤差が大きいことが知られている.三尖弁逆流に影響されないFick法による測
定が勧められる.

④肺血管抵抗

 肺高血圧症は肺動脈圧の値のみで定義されているが,病態把握には肺血管抵抗の算出が重要である.肺循環系の血管抵抗には
 1)  全肺抵抗(total pulmonary resistance:TPR): mean PAP/CO
 2)  肺血管抵抗(pulmonary vascular resistance:PVR):( mean PAP-PCWP)/CO
があり,単位は 圧(mmHg)/流量(L/min)で計算したWood単位,またはこれを80倍したメートル単位 dynes・sec・cm-5 が用いられる.特に小児科領域ではWood
単位が用いられることが多い.TPRとPVRは生理学的には意義が異なる.左心疾患による肺高血圧ではTPRは上昇しているが,PVRは正常範囲である場合も多い.
重症肺高血圧症の場合には,右室不全のため見かけ上の肺動脈圧は低下するがそれ以上に心拍出量が減少し,PVRが著明に増加している場合を経験する.

⑤ 酸素飽和度(SvO2: mixed-venous oxygen saturation)

 Svo2 はCOと相関があり,計測したCO測定値の信頼性を確かめる意味でも有用である.肺高血圧症の原因となる心房中隔欠損症,卵円孔開存などの短絡性心疾
患を事前に診断されていない場合もあり,肺高血圧の初回右心カテーテル検査では,酸素飽和度のステップアップの有無をチェックすることが望ましい.

 肺高血圧の治療効果判定にはmean PAP,CO,PVRの推移が有用である.しかし,肺─体血管抵抗比の推移も重要な指標である(肺血管選択性のある薬剤はこ
の比を低下させる).

⑥急性肺血管反応性試験

 右心カテーテル検査中に,短時間作用性の肺血管拡張薬を投与し,肺血行動態の変化の有無を観察し治療方針を決定する目的で行われる.急性肺血管反応性試
験に使用する薬剤としてエポプロステノール持続静注,アデノシン静注,一酸化窒素(NO)吸入が欧米のガイドラインでは取り上げられている3).急性肺血管反応性試
験が陽性の定義は mean PAP が10mmHg以上減少し40mmHg以下になることで,その際にCOが低下しないことが前提である37).ESC/ERSガイドラインでは,急性
肺血管反応性試験の適応はIPAHかHPAH,または食欲抑制剤に伴うPAHに限られると記載されていることに注意していただきたい3).日本では急性肺血管反応性
試験の有用性に関して専門家の間で意見の相違があり,本試験を実施しない場合も多い.この理由は,陽性判定のケースが極めて少ないこと,陽性例では欧米のガ
イドラインではカルシウムチャンネル拮抗薬が治療の選択となるが,このような症例ではそれ以外のPAH治療薬に対する反応性も良好である可能性が高いことがあ
る.しかし,陽性判定のケースでは安価なカルシウムチャンネル拮抗薬が有効である可能性が高く,カルシウムチャンネル拮抗薬以外での治療を選択する場合にも治
療前に薬剤に対する効果がある程度予測できるメリットがある.
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