肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 

 PAHでは直径500μm以下の末梢の肺小動脈に下記の病変が出現する. IPAH/HPAH と 薬物または毒物誘発性のPAH では組織学的には差異はなく共通の所見を示す.病理学的にはHeath-Edwards分類(Ⅰ-Ⅳ)47)を用いることもあるが,重症度に関してはHeath-Edwards grading Ⅳ,Ⅴ,Ⅵは同程度である.

① IPAH,HPAH,薬物または毒物誘発性のPAH

1) 孤立性中膜肥厚(isolated medial hypertrophy)
(Heath-EdwardsⅠ,Ⅱに相当)
 筋性動脈では肺動脈圧上昇により中膜平滑筋細胞の肥大および細胞数の増加による壁の肥厚がみられる.さらに,正常なら筋層はほとんど存在しない細動脈(20~30μm)にまで筋層が出現する(細動脈の筋性動脈化:muscularization of arteriole).Rabinovitchらは肺高血圧の最早期病変でこの筋性動脈化現象が肺胞内の毛細血管にまでみられるとしている48).加えて,径250μm程度の筋性動脈では著明な中膜肥厚が認められる.この病変は肺血圧に適応して血管収縮,拡張を来たす結果と考えられている.肺高血圧の改善により,この中膜肥厚は可逆性といわれている.

2)中膜肥厚と内膜肥厚の合併(with intimal thickening and medial hypertrophy)
(Heath-Edwards Ⅲ)
 上記の肺動脈中膜病変に内膜肥厚が加わる.内膜成分はα- アクチン陽性平滑筋細胞, 筋線維芽細胞(myofibroblast)など細胞成分の増加(細胞性内膜肥厚)と,弾性線維,膠原線維,細胞外基質の増加による線維性内膜肥厚がある.

3)複合血管病変(complex lesion)
 前述の中膜肥厚や内膜肥厚に加え, ① 叢状病変(plexiform lesion; Heath-Edwards Ⅳ ), ② 拡張性病変(dilatation lesion; Heath-Edwards Ⅴ),③血管炎(arteritis,時にフィブリノイド壊死を伴う血管炎;Heath-EdwardsⅥ)などの所見が単独でなく混在して出現する.

 叢状病変(plexiform lesion)は末梢の肺筋性動脈の本幹から分岐した病変で,瘤状となった血管内に腎糸球体類似の毛細血管の増生が認められる(図2).血管腫様病変とも呼ばれ,肺動静脈シャントと考えられている.叢状病変の構成細胞は内皮細胞,平滑筋細胞,筋芽細胞などである.組織診断上は,血栓(塞栓)の再疎通像と鑑別が難しいことがある.叢状病変はIPAHのみならず,門脈圧亢進症や結合組織病,HIV感染など基礎疾患の異なる様々な肺高血圧症でも出現する.

 拡張性病変(dilatation lesion)は静脈様に蛇行して拡張した血管を指し,しばしば叢状病変( plexiform lesion)の遠位側にみられる.これも末梢の動静脈シャントの結果と考えられる.

 血管炎(arteritis)は叢状病変や拡張性病変とともに出現することが多く,また叢状病変の前駆病変と考えられている.しかし,結合組織病に関連した肺高血圧症でも血管炎を認めることがある.

②結合組織病に併発するPAH 49),50)


1)全身性エリテマトーデス(SLE)および混合性結合組織病(MCTD)
 第1 群 IPAH/HPAH,薬物または毒物誘発性のPAH の病理所見とほぼ共通であり,肺動脈内膜のmyointimal cellの増殖や内膜の細胞線維性肥厚が起こる.plexiform lesionも呈することがある.稀に壊死性血管炎から叢状病変に移行がみられる.

2)全身性強皮症(SSc)
 間質の浮腫と関連する肺線維症によって肺胞壁が肥厚することで,肺胞壁に存在する肺小動脈中膜の肥厚と,内膜の線維化による血管内腔の狭窄により肺高血圧症が進行してくる50).毛細血管やごく末梢の肺細小動脈閉塞により,肺血管抵抗は上昇してくるものの,叢状病変など閉塞性肺血管病変の終末像を呈することはほとんどない.

3)皮膚筋炎(DM)
 SSc とほとんど同じ所見を示すことが多い.

③先天性短絡性心疾患に併発するPAH

 Heath-Edwards分類は元来,ASDやVSDなどの先天性心疾患の手術適応決定に際し,閉塞性肺血管病変の程度を分類するために作成された47).閉塞性肺血管病変の中膜の肥厚,内膜の細胞性肥厚,初期の内膜の線維性肥厚および筋弾性線維症といったHeath-Edwards Ⅰ~Ⅲは可逆的病変であり術後退縮する可能性があるとされている.一方,叢状病変などのより進行した閉塞性肺血管病変は不可逆的である.内膜病変は直径200μm付近の筋性肺動脈(いわゆる肺小動脈)に発生しやすく,内膜の線維性肥厚は通常血管内腔を同心円状に進行する51).叢状病変は拡張した血管と内腔を有し,内腔は増殖した内皮細胞,平滑筋細胞,筋線維芽細胞などにより分葉し,マクロファージなども出現する.中膜のフィブリノイド壊死を示すこともある.

 VSDなどでは肺血管に直接圧負荷がかかるため,肺小動脈中膜は圧負荷に対して適応するために肥厚する.完全大血管転位症やダウン症を伴う先天性心疾患では圧負荷に対して中膜は十分肥厚できず閉塞性肺血管病変が初期から出現するため早期手術が望まれる.
1 第1群: PAH における病理所見
図2 叢状病変(EVG染色,×100)
径300μm の肺動脈から糸状体様の異常な分岐が出ている.
Ⅰ 総論 > 5 肺高血圧症の病理45),46) > 1 第1群: PAH における病理所見
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