肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
ClassⅠ 手技・治療が有用・有効であることについて
証明されているか,あるいは見解が広く一致
している.(推奨/適応)
ClassⅡ 手技・治療の有用性・有効性に関するデータ
または見解が一致していない場合がある.
 ClassⅡa データ・見解から有用・有効である可能性が
高い.(考慮すべき)
 ClassⅡb データ・見解により有用性・有効性がそれほ
ど確立されていない.(考慮しても良い)
ClassⅢ 手技・治療が有用・有効ではなく,時に有害
となる可能性が証明されているか,あるいは
有害との見解が広く一致している.
(推奨不可)
Level A(高) 多数の患者を対象とする多くの無作為臨床試
験によりデータが得られている.
Level B(中) 少数の患者を対象とする限られた数の無作為
試験,あるいは非無作為試験または観察的登
録の綿密な分析からデータが得られている場
合.
Level C(低) 専門家の合意が勧告の主要な根拠となってい
る場合.

改訂にあたって

 肺高血圧症は様々な原因により肺動脈圧が持続的に上昇した病態で,右心不全/呼吸不全が順次進行する予後不良の難治性疾患として知られている.旧来,肺高血圧症の代表的な疾患としては Eisenmenger 症候群や原発性肺高血圧症(primary pulmonary hypertension: PPH)などが有名で,これらは小児循環器科や循環器/呼吸器科領域の特殊な疾患として考えられてきた.しかし近年心エコー・ドプラ法など種々の診断法の発達により,肺高血圧症は様々な領域の疾患で予想以上に広く存在していることが判明し,また一部の例に対しては有効な治療法の開発により,予後の改善も可能である.そこで今日では,一般医家に対しては本症の早期診断が,専門医には病状・病態に応じた適切な治療の実施が期待されるようになってきた.

 日本循環器病学会では日本呼吸器学会や日本リウマチ学会,日本胸部外科学会など関連学会の協力を得て,1999年から2000年にかけて肺高血圧症治療ガイドラインの初版を,また2006年にはその部分改訂を行い,肺高血圧症の診療向上に寄与してきた.しかし前回改訂より6年が経過し肺高血圧症の診療状況が一変したことから,今回改めてガイドラインの改訂が企画されることとなった.通常,特定の疾患に関する診断・治療のガイドラインは作成時点における最良の臨床的エビデンスに基づいて作成されることが望ましい.しかし,肺高血圧症は希少疾患であり,日本単独では十分な規模の症例登録や臨床試験の実施は困難な場合が多く,我が国独自のガイドラインの作成に資するエビデンスは皆無に近い.一方,最近欧米では5 年ごとに肺高血圧症に関する大規模なシンポジウムが開催され,その時々での大規模症例登録や種々の多施設共同ランダム化比較試験の結果を集約したエビデンスを基礎に診断・治療ガイドラインが作成されるようになった.現時点で最新の肺高血圧症に関するガイドラインとしては,2008年に米国・ダナポイントで開催された第4回肺高血圧症ワールド・シンポジウム(ダナポイント会議)での議事録を集約した米国心臓病学会誌のガイドライン1),2)や欧州の心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)/呼吸器病学会(European Respiratory Society: ERS)作成の肺高血圧症診断・治療ガイドラインが存在する3),4).そこで本肺高血圧症治療ガイドライン2012年度版は,基本的にはこれら最新の欧米ガイドラインに準拠しつつ,我が国に固有の事情も加味して作成する方針とした.なお,2013年2 月には第5回肺高血圧症ワールド・シンポジウム(ニース会議)が開催されたので,その発表内容の一部や,また現時点ではエビデンスとしては確立していないが,専門家間では有効/またはその可能性が高いと認識されている治療薬や方法についても,注釈を加えた上で記載した.このため本ガイドラインの内容はすべてがランダム化比較試験やこれに準じる客観的なエビデンスを根拠として記載されている訳ではなく,「治療の参考」とするべき程度の内容も多く含まれている.したがってその限界については理解し,本「ガイドライン」を利用していただきたい.

 治療法の文献エビデンスレベルや推奨グレードについては,近年では「Minds 診療ガイドライン作成の手引き2007」に準拠して作成される傾向にある.ただ,本ガ
イドラインでは従来の日本循環器病学会作成のガイドラインと統一性を保つ形式とし,AHA(American Heart Association)/ACC(American College of Cardiology)
ガイドライン,ESC/ERSのガイドラインに準拠した表1の「証拠のレベル」と,表2の「勧告の程度」の様式を採用した.「証拠のレベル」,「勧告の程度」は,これまでの国内および国外の既出の論文に基づいて執筆担当者が判断し,最終的には,班員および外部評価委員の了承を得て決定した.

 改訂版の構成は初版,前回改訂版と同様,総論と各論の2部構成とし,総論部で肺高血圧症の定義,診断方法,臨床分類,病理所見,発症機序などを解説し,各論では肺高血圧症の臨床分類に従って,それぞれの疫学,病因,診断方法,治療方法,予後,今後の展望などを解説した.

 再度強調するが,本ガイドラインが対象とする肺高血圧症は,症例個々の臨床像は極めて多彩であり,ガイドラインに記載された治療方針を,各例に対して画一的に
適用することは困難な場合が多い.記載された内容はあくまで最大公約数的な指針に過ぎず,各例ごとに個々の病態・病状や社会的背景を考慮し,担当医の判断で適切と思われる治療を検討すべきである.さらに肺高血圧症は,現在でもなお難治性の希少疾患で,鑑別診断や適切な治療法の選択は容易ではない.本症の治療は十分な経験を有する専門医,また専門医と共同で実施されるべきである.

 以下に前回のガイドラインと比較して,本ガイドラインの主要な変更点を列記する.

 1)肺高血圧症の定義と臨床分類に関しては,2008年ダナポイント会議で提唱された改訂版肺高血圧臨床分類(ダナポイント分類)に,2013年2 月のニース会議で
加えられた変更点を加味したものを採用した(ニース分類-草案ではダナポイント分類に小規模な改訂が加えられたが,基本的な構造に変化はない。ニース分類は本稿作成時点ではまだ成文化されていないが,その内容は総会で承認され,今後は本分類が標準となることが予想される。以後,本文中に記載する肺高血圧症の分類は単に『再改訂版肺高血圧症臨床分類』とする).

 2)肺動脈性肺高血圧症の治療指針についても,その骨子において大きな変更はないが,処方可能な薬剤を追加し,さらに併用療法に関するエビデンスレベルや具体的な投与法に関する記載を加筆した.

 3)我が国での実臨床上の大きな変化として,これまでは,旧来の「原発性肺高血圧症(PPH)」のみが厚生労働省により特定疾患治療研究事業対象疾患にされていたが,2009年10月より「PPH」は「肺動脈性肺高血圧症:PAH」に疾患概念が拡大して再指定されたことが挙げられる.これにより現在,内科的治療法の主体である各種の特異的PAH治療薬が,Eisenmenger 症候群や結合組織病に伴う肺高血圧症など「PPH」以外の肺動脈性肺高血圧症に対しても,公費負担のもとで処方可能となった.これは,我が国の肺高血圧に関する臨床に大きく影響し,ガイドラインの作成上,極めて大きな変化であったといえる.

 4)慢性肺血栓塞栓症が原因の肺高血圧症に対しては,特に我が国でに最近急速にカテーテルを用いた肺血管拡張術が行われるようになり,限られた施設ではあるが治療成績は良好であることが示されつつある.カテーテル治療はまだエビデンスとして十分とは言い難いが,世界に先駆けて我が国から発信できる本症治療上の重要な進歩として,ガイドラインにはその概要を記載した.

 最後に本ガイドラインは循環器科のみならず,呼吸器科やリウマチ・膠原病科,小児科,心臓血管外科,移植科に加え「厚生労働省難治性疾患克服研究事業 呼吸不全調査研究班」や「厚生労働省難治性疾患克服研究事業混合性結合組織病の病態解明,早期診断と治療法の確立に関する研究班」など,多くの疾患領域における肺高血圧症専門家の協力により作成されたことを付記する.
表1 証拠のレベル
表2 勧告の程度
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