肺高血圧症治療ガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Treatment of Pulmonary Hypertension(JCS2012)
 
症状/ 身体所見/ 病歴
一般血液検査,心電図,胸部X 線写真
肺高血圧症として矛盾しない
肺高血圧症の可能性大
肺高血圧症の一般的原因(左心疾患,肺疾患)を考慮
心電図,胸部X 線写真
経胸壁心エコー
血液ガス分析,肺機能を利用
第2 群:
第2群あるいは第3群:確定左心疾患由来
右に示す疾患の確定
特発性/ 遺伝性肺動脈性肺高血圧症
肺静脈閉塞性疾患
肺毛細血管腫症
No
No
No
Yes
造影CT での肺動脈内造影欠損
and/or
肺換気/ 血流シンチでのミスマッチ
(肺血流シンチでの区域性血流欠損)
経胸壁心エコー(ドプラ法による右室
-右房-間圧較差の推定を含む)
Yes
Yes
第4 群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症
先天性心疾患
結合組織病
門脈圧亢進症
睡眠呼吸障害
第3 群:
肺疾患and/or 低酸素症由来
追加検査:高分解能胸部CT
追加検査:肺動脈造影
経胸壁心エコー,TEE,胸部MRI
抗核抗体,特異抗原
肝機能検査,腹部エコー,腹部CT
簡易SAS 検査,睡眠ポリグラフ検査
患者背景,高分解能胸部CT から鑑別*心カテ
  肺高血圧症の診断は,まず肺高血圧の存在診断,ついで肺高血圧を主徴とする疾患間における鑑別診断,治療方針決定のための重症度評価,の3種の要素に分けられる.診断手順を図1に示す.

①肺高血圧の診断

 病歴,主訴,身体所見,胸部単純X線写真,心電図などから肺高血圧の存在が疑われれば,現在最も簡便な肺高血圧の診断法である心エコー・ドプラ法を用いて肺高血圧の有無を検査する.肺高血圧症の存在が強く疑われた場合には,再改訂版肺高血圧臨床分類2 ~ 5群の他の肺高血圧症の鑑別診断を行いつつ,右心カテーテル法を用いて肺血行動態諸量の直接計測を行い確定診断とする.定義上,安静時の mean PAP ≧ 25mmHg が肺高血圧の確定に必須であり,加えてPAHの診断はPCWP ≦15mmHgを満たすことが必要となる.

②肺高血圧を主徴とする疾患の鑑別診断

 肺高血圧症例は,胸部X線写真,呼吸機能検査,心エコー,必要ならばCT・MRI などの診断手段を用いて,第2 群の左心疾患による肺高血圧症と第3 群の肺疾患による肺高血圧症の診断を試みる.第2 群と第3群の肺高血圧症が除外されれば,残りの例は第1群PAHまたは第4 群CTEPHである可能性が高く,これらの鑑別には肺血流シンチグラムが極めて有用である.PAHの肺血流シンチグラム像には,ほぼ正常または肺野の一部に粗大な低灌流領域を示す所見,小斑状不均一分布(mottled pattern)を示す所見がある.一方,CTEPHでは肺血流シンチグラムで多発性楔状欠損像を呈することが特徴である.肺動脈造影はPAHの確定診断法としての意義は少なく,特に重症例では重篤な合併症が生じる場合もあり,特別な目的以外には検査適応とはならない.PAHの確定目的での肺生検に関してもJACCのガイドラインにもESC/ERSのガイドラインにも記載はない.

③詳細な鑑別診断

 PAHと確定診断した症例では,さらにPAHを構成する種々のPAH疾患の鑑別を行う.病歴,身体所見,血液検査・免疫学的検査などから結合組織病によるPAH,心エコー法で先天性心疾患に伴うPAH,腹部エコー検査などで門脈圧亢進症によるPAHなどの診断が可能である.IPAH/HPAHと診断された例については,IPAHとHPAHの鑑別を行う.このためにはBMPR2, ACVRL1,ENG, SMAD9 に関する遺伝子検査,または詳細な家族歴の聴取が必要である.しかし遺伝子検査が可能な施設は限定され,また本遺伝子の浸透率は低く家族歴の十分な確認は困難であり,また両者で治療方針に大きな差はないことから,一般臨床の場ではIPAHとHPAHの厳密な鑑別診断はあまり現実的でない.

 PAHには上記疾患以外にⅠ群の亜型としてPVOD/PCHやニース分類(草案)ではPPHNがある.IPAH/HPAHとPVOD/PCHの鑑別診断では,両者は類似の肺血行動態を示しつつ,PVOD/PCHでは胸水やKerley Bline,小葉間隔壁の肥厚やスリガラス様陰影などの所見が存在することが目安となる.またPVOD/PCHではPAH治療で用いられる肺血管拡張療薬により肺水腫が生じ,病態が悪化する可能性が報告されており,本所見も鑑別診断に有用である.

 再改訂版肺高血圧症臨床分類第2群の肺高血圧症は,さらに収縮不全,拡張不全,弁膜症,左心流入路/流出路閉塞の4種の亜分類を設定し,心エコー・ドプラ法や右心カテーテルを組み合わせて詳細な病態決定を行う.第3群の肺疾患に併発する肺高血圧症もさらに閉塞性肺疾患,拘束性肺疾患,睡眠呼吸障害などの疾患の診断を行う.詳細はそれぞれ以降の解説項目を参照されたい.

 第4群のCTEPHに関しては,前述のように肺血流シンチグラムで多発性楔状欠損像を呈すれば本症の可能性が極めて高いが,ごく稀に大動脈炎症候群の肺血管合併例であったり,肺動脈原発腫瘍の場合があり慎重な鑑別診断が必要となる.
14 診断手順
図1 肺高血圧症診断アルゴリズム
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